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ときがわ町(旧玉川村)大字玉川は、明治まで玉川郷と言い、近郷13カ村の中心地
であった、一ト市集落は毎月1の日に「市」が開かれ、吉見観音〜岩殿観音〜慈光寺への宿場として繁栄していた。しかしこの地は、水
は深く時々渇水に見舞われ各戸の井戸は枯れて都幾川まで水を汲みにいったと聞く、年代は不明だが相当昔の事のようです。 そこで、人々はあいはかり、高山(こうやま)家の西前街道沿いに深さ約20メートル
幅5メートルの大きな井戸を掘り、良質で豊富な水源を得ることができました。 集落では、この井戸を「御井戸」と呼び大切に守り
御井戸は「大井戸」となり高山家は常時この井戸を管理して、屋号も大井戸と言い広く親しまれるようになっています。 |